源氏物語のあらすじ
千年のときを経て、今もなお輝き続ける光源氏の物語。
誕生
 いつの時代のことでしたか、多くのお后(きさき)や女官がおいでになるなかで、桐壺帝(きりつぼてい)からひときわ愛された、桐壺の更衣(こうい・天皇にお仕えする女官)という方がいらっしゃいました。
 やがて帝(みかど)と桐壺の間には、玉のように美しい皇子がお生まれになります。しかし桐壺は、それほど位の高くないお方でした。そのため、帝の寵愛(ちょうあい)をうらやむ他のお后からいじめられ、心労のあまりこの世を去ります。

 深く嘆く帝に残されたのは、桐壺の忘れ形見である皇子。帝は、皇子をそれはそれは大切にお育てになります。いっときは、この皇子を東宮(皇太子)にすることもお考えになりますが、母を亡くし、強い後ろ盾のない子をかわいそうに思い、皇族から臣下に降下させて「源氏」の姓を与えました。
 そう、この皇子こそ「源氏物語」の主人公、光源氏(ひかるげんじ)です。

 さて、帝の前には亡き桐壺の更衣そっくりの、若くて美しい藤壺(ふじつぼ)が現れます。帝は桐壺とおもざしが似る藤壺を、深く愛するようになります。
 人々が「藤壺様は、源氏の君のお母様にうりふたつ」と噂(うわさ)するのを聞くにつけ、源氏は藤壺に強いあこがれの気持ちを抱きます。そして藤壺も、自分を慕う源氏をとても可愛(かわい)がるのでした。
憧憬
 十二歳で元服し、左大臣の娘・葵(あおい)の上と結婚した源氏は、大人の仲間入りをします。しかし、以前のように藤壺(ふじつぼ)の宮と逢えません。遠のけば遠のくほど、源氏は藤壺への想いを募らせるのです。

 あるとき北山を訪れた源氏は、藤壺によく似た可憐(かれん)な少女を見かけます。その子こそ、若紫(わかむらさき)――のちの源氏の伴侶、紫の上です。
 源氏は少女が藤壺の姪(めい)と知るや、理想の女性に育てたいと、自分の手もとに引き取ります。

 しかし、源氏はどうしても藤壺を忘れられません。いいえ――その恋情は、ときが経つにつれ、いよいよ増すばかり。
 ついに、一途な恋心を抑えかね、源氏は強引に藤壺に迫り、一夜を共にしてしまいました。その結果、藤壺は源氏の子供を宿してしまいます。
 帝を裏切ったという事実に二人はおののき、苦しみました。やがて、藤壺は皇子を産み、秘密を知らない帝はこの皇子をたいそうお可愛(かわい)がりになります。
 罪の意識にさいなまされた藤壺と源氏は、一生この苦しみを抱え続けることになるのでした。
恋そして嫉妬
 藤壺(ふじつぼ)への満たされぬ恋心をなぐさめるためでしょうか、源氏は、さまざまな女人と恋に落ちてゆきます。
 操の固い、紀伊の妻・空蝉(うつせみ)。互いの素性(すじょう)を明かさぬまま、愛し合った夕顔(ゆうがお)。また、斎院(さいいん・神に仕える女性)朝顔(あさがお)の宮に想いを寄せ、またあるときには真っ赤な鼻をした末摘花(すえつむはな)と契りをかわし、後悔してしまうことも……。
 しかし、源氏と関係した多くの女人のなかで、もっとも源氏を深く愛したのは年上の恋人、六条御息所(ろくじょうみやすどころ)でしょう。
 最初は、源氏が熱心に言い寄った恋ですが、六条御息所が心動かされたとたん、急速に源氏の気持ちは冷めていきます。そして六条御息所の激しい愛情は、次第に源氏をとりまく女人たちへの憎しみに、変化していくのでした。

 それは源氏の正妻・葵(あおい)の上へも向けられます。憎しみ、嫉妬の入り混じった六条御息所の心は、いつしか生霊(いきりょう)に形を変えます。妊娠していた葵の上はこの生霊に苦しめられ、夕霧(ゆうぎり)を出産したのち、はかなくこの世を去ってしまうのです。
不遇のとき
 六条御息所(ろくじょうみやすどころ)は、おのれの情念の激しさをおそれ、逃げるように伊勢へ──。その冬、源氏の父・桐壺(きりつぼ)帝が崩御(ほうぎょ)されます、ときの勢力は政敵・右大臣方に帰(き)してしまったうえ、最愛の人、藤壺(ふじつぼ)は出家します。

 そんな折、源氏は政敵右大臣の娘・朧月夜(おぼろづきよ)との密会を取り押さえられてしまいます。朧月夜は、源氏の兄帝・朱雀帝(すざくてい)の婚約者でもあるお方……つまり、二人の恋は決して許されるものではありません。
 激怒した右大臣は、源氏を政界から追放しようとしますが、先手を打った源氏は須磨(すま)へと身を隠すのです。

 訪れる者もなく、須磨での寂しい生活を送っておりますと、夢の中に亡父帝が現われ、源氏に「須磨を去るように」と告げます。
 翌朝、不思議に思う源氏の前に現れたのが、自らの子孫に帝后が誕生するという夢を信じる明石(あかし)の入道。彼はお告げを受け、明石から源氏のもとへ訪れたのでした。源氏は明石へと移り、入道の娘・明石の君と結ばれます。

 そのころ、都では天変地異が相次(あいつ)ぎ、朱雀帝はすべての原因は源氏を追いやったためとお考えになり、源氏を都へと呼び寄せます。源氏の子供を身ごもっていた明石(あかし)の君との悲しい別れはありましたが、源氏は帰洛後、順調に政界へと復帰し、栄耀(えいよう)への道を歩み始めました。
栄華
 ところで、源氏がいつも気にかけていたのは、若い頃恋をした夕顔のこと。一度愛した女人のことを決して忘れぬ源氏は、己(おのれ)の目の前で亡くなった夕顔を思い出すたび、後悔と悲しさで胸がいっぱいです。
 夕顔と親友・頭中将の間に娘がいたということを知ってからは、源氏はその娘のゆくえをいつも気にしておりました。
 実は、筑紫で美しく成長していたその娘・玉鬘(たまかずら)は、不思議な縁で源氏の養女となります。
 義理の父という立場でありながら、源氏は玉鬘の美貌に心ときめかせることとなります。しかし、賢く聡明(そうめい)な玉鬘は、うまくそれをいなすのでした。
 やがて、実の父・内大臣との再会を果たした玉鬘は、数多くの求婚者の中から、もっとも意外な人物、髭黒(ひげくろ)大将の妻となり、幸せを掴(つか)みます。

 中年になった源氏は、退位した天皇に匹敵する身分の准太政天皇(じゅんだじょうてんのう)にまでのぼりつめます。
 苦労を重ねた源氏は、すでに美しいだけの貴公子ではありません。いまや源氏は国家権力を握る大政治家。そう、源氏の栄華は今こそ盛り、まさに頂点を極めたのです。
 明石の君との間に生まれた姫君を引き取り、紫の上と一緒に育てる源氏は、六条院と呼ばれる豪奢(ごうしゃ)な邸を建て、今まで関わりを持った女人すべてを住まわせていました。
 愛息子・夕霧(ゆうぎり)も、幼なじみであり頭中将の娘・雲居雁(くもいのかり)との初恋を実らせ、幸せな家庭を築いています。
 何もかもが順風満帆(じゅんぷうまんぱん)な源氏。しかし……そこに暗雲の影が忍び寄ります。
憂愁
 出家を考え始めた源氏の兄・朱雀帝(すざくてい)は、愛娘、女三の宮(おんなさんのみや)の将来を案じます。源氏に結婚をして、親代わりの後見人になってほしいとお考えになるのです。
 兄帝の願いを一度は辞退をする源氏ですが、ふと思い出したのが永遠のあこがれの女人、藤壺(ふじつぼ)のお姿です。
 女三の宮が、藤壺(ふじつぼ)の姪(めい)ということに心動かされ、つい結婚を快諾(かいだく)してしまいます。でも、女三の宮は源氏の期待を裏切り、幼く手ごたえのない姫君でした。

 女三の宮の降嫁(こうか)により、もっとも苦しんだのは紫の上です。その衝撃は言葉では言い尽くしがたく、ついに紫の上は、心労が重なり病に倒れてしまいます。驚いた源氏は、かたときも離れず看病を続けました。
 かねてから女三の宮に激しい恋情を抱いていた頭中将の長男・柏木(かしわぎ)は、この隙に強引に女三の宮と関係を持ってしまいます。
 いつまでも幼さの抜けない女三の宮は、拒む術(すべ)をお持ちになりません。逢瀬(おうせ)を重ねるうちに、ついに懐妊されてしまいます。
 これを知った源氏は激怒しますが、同時に、因果応報(いんがおうほう)の報いを感じずにはいられません。柏木の死、女三の宮の出家を含め、「藤壺(ふじつぼ)の宮との密通の罪の報いであることよ……」と慄然(りつぜん)とするのでした。
 
終焉
 さて……紫の上は、病臥(びょうが)に伏してのち、体調のすぐれない日が続き、源氏に出家をしたいと申し出ます。
 しかし、源氏は紫の上を失うことをおそれ、決してそれを許そうとしません。自らの死期を悟った紫の上は、六条院の女人たちと別れの歌を交わし、はかなくこの世を去ってしまいます。
 紫の上を失った源氏の悲しみははかりしれません。邸にこもり、紫の上の思い出にひたりながら、出家の準備を急ぐのでした。

 光源氏の生涯を描いた華麗なる物語は、ここでおしまいです。しかし、不思議なことに「雲隠(くもがくれ)」という巻は、題名しか存在していません。
 これは古くから源氏の死を表していると伝えられてきました。そう、長い長いおはなしはここで終わりを告げ、新たに次の世代の者たちが物語を紡いでいくのです。
源氏秘占抄
 
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